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旅のライバル (タイ編) 

 


降り止まない雨はない。そして明けない夜もない。
どんなに暗く深い闇に包まれようとも、必ずいつかは光が差し込んでくる・・・。


ヨハネスブルグ


この街は永きに渡り暗黒の雲に覆われていた。国家でさえも手におえない悪党が跳梁跋扈し、多くの外国人旅行者が襲われた。地元住民は恐怖の中での生活を余儀なくされ、ここに生を受けた自分達の運命を呪っていた。この街に平和が訪れることなど未来永劫あり得ない事だと、誰もが思っていた。


しかしそんな魔界都市にも、遂に神の祝福が授けられた。この街に巣食う悪党どもに、ケープタウンより風のように訪れた一人の清々しい好青年が闘いを挑んだのだった。その戦いは三日三晩にも及んだ。圧倒的多数を誇る悪党たちに対し、青年はたった一人、不眠不休で闘い続けた。戦況は明らかに彼にとって不利であり、誰の目にも敗北は必至だと映った。

しかし青年は最後まであきらめなかった。彼はどんな苦境にも


「少年のような心」

 と

「さわやか笑顔」


 というリーサル・ウエポンを持って闘い続けたのだ。そして戦いが終わった時、勝利は彼の手の中にあった・・・。


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最後の敵を倒したとき、彼は少年のような微笑みを浮かべながら


「ご安心下さい。戦いは終わりました。これでこの街も平和になるでしょう。」


 と、ひとりの住民に声をかけた。住民は青年のあまりの清々しさに感極まりながらも


「あなた様はもしやメシア(救世主)では・・・?」


 そう尋ねると


「私は救世主などではありません。私はただのバックパッカーです。」


 男はそう答えて、名前も告げずに立ち去ったという。しかし住民達は彼が誰なのか気付き始めていた。ただのバックパッカーが僅か3日でヨハネスブルグを平定するなど不可能である。もしバックパッカーのなかでそのようなことを可能にする者がいるとすれば世界にただ一人、バックパッカー界の最高位に立つあの男、スーパーバックパッカーの称号を持つ、あの男しかいないのだから・・・。


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スーパーバックパッカーが僅か3日でヨハネスブルグに平和をもたらしたというニュースは、APやロイターといった外電を通じて瞬く間に世界中に流れることになった。当然それはタイにも伝わっているはずであり、救世主がヨハネスブルグの次にバンコクを訪れるとなれば、国を挙げての歓喜の嵐でスーパーバックパッカーを迎えると思われたが、実際に到着してみると、何故だか全然そんなことはなかった。私は不思議に思い、試しバンコクの街を歩いてみたのだが、やっぱりこの超有名人、スーパーバックパッカーに誰も声をかけてこない。

バンコクは夜中に外国人が一人で街を歩いても襲われないという不思議な街なので、沢山のお気楽な旅行者が深夜まで酔っ払いながら街を徘徊しているのを見かける。ケニアのナイロビやジンバブエのハラレに滞在している旅行者から見ればちょっと信じられない光景なのだが、それくらい大勢の旅行者がいるにもかかわらず、私に


「アフリカ陸路縦断達成おめでとうございます。」

 とか

「旅の武勇伝を聞かせてください!」

 とか

「ヨハネスに平和をもたらした今の心境は?」


 と、言って声をかけてくるものが一人もいない。私はそれならばと思い、カオサン・ロードにある日本人しか泊まっていない宿にチェックインしてみたのだが、やはりここでも状況は同じだった。スーパーバックパッカーがやってきたというのにほとんど誰も私に関心を示さない。

これはいったいどういうことなのだろう?日本人同士であれば言葉の壁もないから遠慮なくハナシができるはずなのに、ちっとも言葉を交わすことがない。ブラック・アフリカにいた頃は日本人と出会ったりすると、驚きのあまり絶対に声を掛け合うのが自然のなりゆきだったのに、ここではそういうことが全然無い。こっちが「こんにちは」と、声をかけているのに、目で会釈するだけで一言も返さない奴すらいる。この原因はどうやら、「タイに日本人旅行者が多すぎる」ことにあるようなのだが、だからといって誰とも口をきかないのでは、わざわざ日本人宿に泊まっている意味が全然無いので、仕方なく自分から他の宿泊者に


「スワジランドの安宿について教えてあげるよ。」

 と、声をかけたところ

「それ、どこにあるんですか?」

 と、一蹴されてしまった。それならばと思って

「じゃあウガンダのピグミー(小人族)に会う方法を知りたくない?」

 と、質問を変えてみたが 

「いや、別に・・・」

 と、これまた気の無い答えが返ってくる。なのでこうなったら最後の手段で

「じゃあこれはとっておき! ザンビア - ボツワナ間の陸路国境越え情報を・・・」

 と、説明を始めたところ

「あ、僕ちょっと用事を思い出したんで・・・。」


 と、言って部屋を出て行ってしまった。私の親切心はなんだか逆効果だったみたいだ。


確信はないのだが、ひょっとしたらタイにいる旅行者はアフリカ縦断とかユーラシア横断とか、そういう旅行にあんまり興味が無いのかもしれない。あと気のせいか私からすると、何だかみんな「死んだ魚のような眼」をしているようにも見える。やる気があるのか無いのか、表情から読み取るのが非常に難しい。


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そんな感じで、予想もしていなかったバンコクでの滞在に、私は戸惑っていた。本来であれば「アフリカを陸路縦断」し、ヨハネスブルグに平和をもたらした」私は、少なくとも日本人宿なら皆の尊敬の眼差しを集めることができるはずだと考えていたのに、現実はそうではない。

その理由が何であるのかを数日間考え続けているうち、ひょんなことから私はこの宿に、私以上に旅行者の尊敬の眼差しを集めている旅人がいるというハナシを耳にした。これは聞き捨てならないハナシである。私のレベルを上回るの旅人なんて・・・。そのため私はその旅人がいったいどのような男なのか、調査をすることにした。そして現時点で判明したのは以下の事実である。


その旅人の名前は


「アニキ」


むろん本名ではない。しかし彼は皆から親しみを込めて「兄貴」と呼ばれている。年齢は40歳に近いということだが、正確なところは誰にもわからない。聞くところによるともう4ヶ月以上もバンコクに滞在しているらしい。一箇所に4ヶ月以上の滞在なんて、私にはどう考えても「沈没」としか思えず、ハッキリ言って


「旅行者じゃないじゃん」


 と、言いたかったが、それは何とか自重した。それから私は少しの間、彼の事を観察していたのだが、彼は本当に無口で物静かな男で、昼間は大抵の場合日本語のマンガを読んでいる。彼が自分から人に話し掛けるということはほとんどない。しかし宿の旅行者たちが、

「アニキ、ちょっと教えてもらいたいことがあるんですけど・・・。」

 とか、

「アニキ、今夜連れて行ってもらいたいんですけど・・・。」

 というふうに声をかけると、口数は少ないが一応何かしら返答している。そんな様子を私はずっと観察し続けていた。しかし観察し続けたがよくわからない。何故みんなアニキに頼るのだろう?


教えてもらいたい事があるのなら、私に尋ねればいい。


「ハラレでの闇両替の仕方」でも「ヌビア砂漠縦断情報」でも、何でも教えてあげるのに・・・。


連れて行ってもらいたいところがあるのなら、私に言えばいい。


「モザンビーク」でも「ルワンダ」でも、どこへでも連れて行ってあげるのに・・・。


アニキは私のように「清々しく」も見えないし、「少年の心」を持っているようにも見えない。しかし現実には、宿のみんなは彼の事を頼り、慕っている。それもこのスーパーバックパッカーをさしおいて・・・。わからない。私には何故彼がそこまで皆の支持を得ているのかが全くわからない。恐らくアニキは皆の尊敬を集める何か特別な秘訣を知っているのだろうが、今の私にはそれを見抜くことができない。

しかし手をこまねいているわけにもいかない。このままではいつまでったても私はこの宿ではナンバー2だ。そんな事は絶対に駄目だ。そんな事になったら、これまでの戦いで私に敗れた強敵達が私のことを笑うだろう。

牡牛座のアルデバラン、双子座のサガ
ドイツのカール・ハインツ・シュナイダー、アルゼンチンのファン・ディアス・・・。
彼等は私のことを笑うだろう。
我が師である「魔鈴」「ロベルト本郷」も、決して私の事を許さないだろう。
早く何とかしなくては・・・。

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その後も私はアニキの調査を続けたが、残念ながら数日を無駄にしただけだった。さすがに私は少々焦ってきた。意気込んでみたものの、なかなかアニキの秘密に近づく事ができない。いったい私はどうすればいいのだろう。ツーリスト・インフォメーションに「アニキの秘密」について尋ねに行こうかと、真剣に思い始めた頃、私は同宿の旅行者から


「KOGさん、アニキが今夜、酒飲みに行くみたいなんですよ。それで俺もついていく事になったんですけど、どうです?KOGさんも一緒に行きませんか?」


 という、唐突な誘いを受けた。思わぬお誘いだった。しかしこれは良いチャンスだぞ。アニキがどれほどすごい男なのかを、自分の眼で確かめられる絶好の機会だ。おそらくこれは旅の神様が、


「激闘の末にヨハネスブルグに平和をもたらした私」


 に対して褒美として与えてくれたチャンスなのだろう。この好機を逃すことはできない。私は自分も行くと即答した。


そしてアニキと私、他3名の同宿の旅行者(いずれも会社を辞めて旅している)の計5人は、酒を飲む為にタクシーで夜のバンコクへと繰り出すことになった。しかし何故タクシーに乗ったのだろう?カオサン・ロードには酒を飲む場所なんて吐いて捨てるほどある。小洒落たバーもあれば、屋台で飲むことだってできる。それで不思議に思った私は尋ねてみた。


「どうしてタクシーに乗るの?飲み屋ならそこいらに沢山あるじゃん。」

「アニキは『タニヤ』に行きたいんだそうですよ。」

「そうなんだ、なるほどね。」



 と、私はさもわかっているように答えたが、実は初めて耳にした専門用語に戸惑っていた。


『タニヤ』ってなんだろう?


なんだかさっぱりわからないが、まさか「タニヤって何?」なんて訊けるはずがない。私は世界にただ一人のスーパーバックパッカーであり、外国のことに関しては誰よりも詳しいことになっているので、旅の初心者のように簡単に人にものを尋ねてはいけないのである。そんなわけで私はタクシーに乗っている間、ずっと「タニヤとは何か?」考え続けていた。

そして数十分後、我々を乗せたタクシーはタニヤに到着した。そしてタクシーを降りたとき、私は唖然とした。そこはまさしく日本だった。日本語で書かれた看板を掲げた店が、これでもかというくらいに存在していた。しかもそのどれもが高級店のように見える。

店の前ではタイ人の客引きが



「カワイイ子イマスヨー。」



 と、何故だか流暢な日本語で呼び込みをしていた。私はそんな光景を目にして、



「ここは本当にタイなのだろうか?」



 と、驚いていた。とにかくタニヤという地域の全てが日本だった。私はそのエリアの中でも少しくらいタイらしいところがないかと見回していたのだが、タイらしい店というのが全然見つからない。一軒だけ屋台があって、

「お、タイらしくちゃんと屋台もあるじゃん。」


 と、思ってのぞいてみたら、それは「たこ焼き」の屋台だった。ちょっと信じられない光景だ。私はあんまりビックリしていたので、まるでおのぼりさんのようにキョロキョロと日本語の看板を眺めていた。


「クラブ純」、「クラブ天使」、「カレッジ・パブ 屋根裏」


いろんな店があった。しかしどうでもいいことだけど「クラブ~~」というのはともかく、「カレッジ・パブ」というのは一体どのような店なのか想像もつかない。あとついでに、「屋根裏」というネーミング・センスもよくわからない。

とにかくタニヤの全てが私にとって未知の世界であった。そして私は世界を股にかけるスーパーバックパッカーなのに、タイのことについて何も知らない自分を恥じた。

そしてアニキはといえば、何一つ驚いた表情を見せずに我々の先頭を切って歩いていた。どうやらアニキはタニヤについては詳しいようだ。そしてアニキは数多くあるクラブのうちの一軒へと、足を踏み入れた。我々はただ金魚のフンのようにアニキの後をついて行くことしかできなかった。


「イラッシャイマセー!!」


店に入った瞬間、いきなり大勢の若い女の子達がそう言って我々を出迎えた。私は



「何故こんなところに日本の若い女の子が沢山いるんだ。」



と、驚いたが、よく見てみるとみんなタイ人の女の子だった。それにしてもどうしてこんなにも多くのタイ人が日本語を話すのだろう?ひょっとしたらタイの第二外国語はジャパニーズなのかもしれない。それはともかく、私が店の女の子達に驚いていると、突然アニキが


「今夜は5人もいるからね。ボトルを入れるのと飲み放題とどっちが安いか計算するから、その間に女の子を選んでおいて。」


 と、言ってどこからか電卓を出し、そそくさと計算を始めた。普段は無口なあのアニキが今夜は率先して皆に的確な指示を与えている。そんなアニキのリーダーシップぶりに他の旅行者達は皆感心している。あと彼等はなんだか女の子を選ぶのにも夢中になっている。

しかし酒を飲むのにどうして女の子を選ばなければならないのだろう?別に男だけでも酒は飲めると思うのだが・・・。幾つになっても「少年のような心」を忘れない私には、その理由がまるでわからない。他の旅行者達が次々に好みの女の子をチョイスしていくなか、状況が把握できていない私は、ニコニコと私に対して笑顔を送ってくる女の子達の前でただ立ち尽くしていた。すると見かねた店のマネージャーが私に声をかけてくる。


「好キナ娘ヲ、選ンデ下サイネ。」


完璧な日本語でそう言われたのだが、それでも私は女の子を選ぶことができなかったので、結局マネージャーが薦めてくれた女の子を隣に座らせて酒を飲むことになった。そして皆が女の子を選んだとき、アニキが言った。


「計算したら飲み放題のほうが安かったよ。1時間600バーツね。」



1時間600バーツ(1800円)? 飲み放題とはいえ、なんでそんなに高いんだ?宿代4泊分もするじゃねーか。タイの物価からすると以上に高いぞ。何故バックパッカーがそんなに高い店で飲まなきゃならないんだ?

私はアニキについてきたことを後悔しはじめていた。いくらアニキの秘密をあばくためとじゃいえ、600バーツは大き過ぎる代償である。しかし飲み始めた以上、今更自分ひとりだけ帰るわけにもいかない。

私は仕方なく隣に座っている若いタイ人の女の子と日本語で会話しながら酒を飲むことにした。読者のみんなはわかってくれると思うが、あくまでも仕方なくである。間違っても誤解しないでもらいたい。それを証拠に私は女の子と酒を飲みながらも、常にアニキの動きをチェックしていた。何故なら今夜飲みにきたのは、あくまでアニキの秘密を探るためだからである。だから私は、なんだかやたらと甘えてくる女の子をすかしながら、アニキのほうをチラチラと盗み見ていた。

アニキもチョイスした女の子と会話していた。というか、女の子が一方的に話していて、アニキはただ聞いているだけという感じだ。私は二人がどんな会話をしているのか知りたかった。それを知ることが出来れば、アニキの秘密に少しは近づけるかもしれないからだ。あまりほめられる行為ではないが、もはや手段を選んでいる場合ではない。私はデビルマンに勝るとも劣らない地獄耳で、彼らの会話を盗み聞く事にした。


「ねえ、社長・・・」


・・・な、なんだって!? アニキが「社長」!?そ、そうか、ただの旅行者ではないと思っていたが、それにしてもまさか「社長」だったとは・・・。どうりで威厳があるはずだ。それなら他の旅行者達が「アニキ」と呼び、彼に一目置くのにも頷ける。なぜなら日本人は「社長」という言葉に弱いからだ。しかしこれは強敵だぞ。社長」を相手に宿のナンバー1の座を奪わなければならないのだから・・・。


ん?しかし待てよ?アニキは社長なのにどうして安宿なんかに泊まっているんだろう?しかもドミトリーに。社長なら金を沢山持っているはずなのに・・・。


・・・わからない。全然わからない。今夜は何だかわからない事ばかりだ。ライバルである私をここまで悩ませ、女神より


「黄金聖衣(ゴールドクロス)」「スーパーバックパッカーの称号」


与えられたこの私をここまで苦しめるとは、さすがアニキだ。どうやら今夜のところは私も自分の敗北を認めるしかなさそうだ。しかしアニキ、私は決してあきらめないぞ! いつの日か必ずアニキからナンバー1の座を奪ってみせる!


アニキと私の戦いはまだ始まったばかりだ・・・。

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